震災から半年あまり。焦げた街の匂いがまだ、路地裏に染みついていた。
蝉の声が耳を裂くように鳴き、空は夏の終わりを知らずに青すぎる。
風野旅人は、ひとつの街に別れを告げるため、ひとつの街へ向かう準備をしていた。
夜の長距離バスが動き出すとき、それは「始まり」ではなく、「ひとつの記憶の終わり」だった。
― 夜行バス・神戸発東京行き/1995年7月29日 深夜 ―
バスの車内は、しんと静まり返っていた。
それは「黙っている」というより、「音を消している」ような、意志のある静寂だった。
照明は落とされ、頭上に並んだ豆球が、車体のわずかな揺れに合わせて、ちらりちらりと明滅する。
座席のシートは、青みがかった布張りで、肘掛けの端にかすかな擦れ跡。
その小さな劣化さえ、この乗り物に積み重なってきた「旅」の時間を物語っているようだった。
風野旅人(24歳)は、12Aの窓側に座っていた。
隣の12Bは空席のまま。
“誰もいない誰か”のために残されたようなそのスペースに、カーテンの影が揺れていた。
車窓の外は、真夜中の郊外。
信号のない交差点、眠ったガソリンスタンド、灯りの落ちた団地。
ときおり、遠くに光るタンクローリーのテールランプが、赤い線のように後方へ滑っていく。
旅人は、ゆっくりと首をもたげ、耳にウォークマンのイヤホンを差し込む。
再生ボタンを押すと、カセットテープの回転する機械音に続いて、あの低く、静謐な声が流れてきた。
「夜間飛行へ、ようこそ。
今宵、あなたと共に旅するのは──
忘れられた街の灯りと、
まだ名前のない想い出です」
ジェットストリーム──
城達也の声は、音楽でも言葉でもない“空気”のように、旅人の鼓膜に溶けていく。
それは、自分の内側に流れる音と、ぴたりと重なる感覚だった。
“語られないもの”に耳を澄ませるための時間。
“説明されない気持ち”に蓋をしないための時間。
目を閉じれば、ふと父の背中が浮かんだ。
駅で見送るでもなく、引き留めるでもなく、何も語らなかったあの人の背中。
それを、いま思い出すのは、罪ではなく、祈りなのかもしれない。
音楽が流れる。
フランク・ミルズのピアノ。
旋律が、バスの揺れと呼応するように揺れ、
誰かの夢と交わるように溶けていく。
車内はすでに、ほとんどの人がまどろみに入っていた。
足元に落ちた毛布、首を傾けたままの青年、鼻息の混じる微かな寝息。
旅人は、背もたれに身を沈めたまま、そっと手帳を取り出す。
ページは開かない。
ただ、膝の上に乗せるだけでよかった。
それはまるで、暗闇のなかで懐中電灯を灯す代わりに、
「照らすべきものが、ここにある」と心の中でつぶやくような行為だった。
バスは、無言で夜を進む。
ときどき、路面の段差を越えるたび、車体がわずかに揺れ、
旅人の思考もまた、その振動のなかでひとつ、またひとつと輪郭をほどいていった。
「……どうか、あなたの夜が、
やさしい静けさと共にありますように」
ラジオの語りが、祈りのように終わった。
旅人は、目を閉じた。
まだ眠れない。
けれど、もう泣きはしない。
“終わらせる”という行為は、
“忘れる”ことではなく、“持っていかない”と決めることだ。
そしてバスは、夜の帳をくぐり抜けるように、
東京というまだ名前のない朝へと向かっていた。
【黒革の手帳】
1995年7月29日(土) 深夜 神戸発 東京行き 高速夜行バス・車内にて
バスの窓から見る夜は、町でも山でもなく、ただ黒と光の点だった。
あらゆる音が吸い込まれる空間のなかで、
小生はただ、「まだ何者でもない者」としてそこに座っていた。座席の布地の匂い。
隣の空席に触れる風。
たぶん、あのまま神戸に残っていたとしても、
同じようにこの夜を思っていただろう。
ただ、今ここに“乗っている”という事実が、
何かのはじまりに対して、小さな責任を伴っているようにも感じられる。ジェットストリームを聴きながら、ふと、
「今、父に会っても、きっと何も話せない」と思った。
だけど、きっともうそれでいいのだとも思った。
言葉にならないまま終わることも、人生にはあっていい。
たぶんその静けさに、人は何かを託すのかもしれない。この夜が終わって朝が来るとき、
小生は、ひとつの時間から降りる。
東京という場所に、名もない「新入り」として降り立つ。それでいい。
もう、「ちゃんと終わらせる」ことはできたのだから。――風野旅人 記す
