世の中には、誰かに伝えたくて仕方なかったのに、伝える場を失った言葉がある。 それは手紙の形になることもなく、声に出されることもないまま、静かに誰かの心の奥底で息を潜めている。
けれど、そんな名もなき思いが、思いがけず誰かの支えになることがある。 届かなかったはずの気持ちが、遠いところで誰かの背を押すこともある。
人は気づかぬうちに、誰かの“見えない手紙”を受け取りながら、生きているのかもしれない。
― 誰にも届かない想いが、誰かを支えることがある ―
年の瀬が近づくにつれて、事務所にもわずかな慌ただしさが漂い始めていた。 季節の挨拶状や、年内に区切りをつけたいという遺族からの依頼が、ぽつぽつと舞い込んでくる。
その日、旅人のデスクの引き出しに、ひとつの白封筒が残っていた。 “処理未了”と書かれた小さなメモが貼られたままのそれは、数週間前に香典返しの手配を依頼された家から送られてきたものだった。
宛名は旅人の名前になっていたが、封は開けられていなかった。 中には手紙が一通と、名もなき便箋が添えられていた。
手紙には、「香典返しは不要です。むしろ、こちらの気持ちだけ、どこかに残していただければ」とあった。
便箋にはこうだけ、書かれていた。
“本当はありがとうを言いたかったのに、言える場がなかった”
“今さら伝えるには、遅すぎるような気がした”
“でも、あの人が旅人さんと話して帰ってきた晩、少しだけ元気そうだった”
それだけの言葉が、胸に染みた。
旅人はそっと封筒を閉じ、何も書き加えず、ただ元の引き出しに戻した。 その手元に、誰にも見せない手紙がまたひとつ、増えた。
その晩、旅人は手帳にこう記した。
1995年12月15日。封筒に入っていた名もなき言葉。 人は「伝えたい」と思った瞬間に、すでに祈っているのかもしれぬ。 声にならなかった言葉が、届かないまま、誰かの胸の中で形を変える。 それでも、残るものがあるとしたら、それは“渡しそびれた手紙”なのだと思う。 小生もまた、言葉にならぬものを預かっている。
静かな夜だった。事務所の灯りの下で、旅人は少しだけ目を伏せた。
