“ありがとう”という言葉が、必ずしも相手に届くとは限らない。 けれど、誰かを思って発されたその一言は、 見えない場所で、静かに誰かの胸を照らしていることがある。
それは、灯のようなものかもしれない。 手元にあるうちは温もりを感じるだけで、 そこにどれほどの暗闇を照らしているのか、本人にはわからない。
― たった一言が、見えない場所に光をともす ―
その日、明治葬儀社に一本の電話が入った。 声の主は、先月葬儀を終えた遺族の一人。 「あの……ブログ、読んだんです。旅人さんの」
旅人は少し驚いた。 黒革の手帳に書きためていた記録の一部を、 最近、非公開ながら葬儀社の小さなブログに転載していたのだ。 身内に語れなかった想いや、現場で感じた小さな気配たち。
「兄のこと、誰かが覚えてくれてるって思ったら……少し、楽になりました」
それだけを言うと、電話の相手は「ありがとうございました」と一言だけ残して、通話を切った。
旅人はしばらく、受話器を置いたまま動かなかった。 ほんの数行の言葉が、誰かの心を少しでも照らすのだとしたら。
それはきっと、書いた本人の想像を超えた“灯り”なのだろう。
その晩、旅人は黒革の手帳を開いて書き添えた。
1995年12月28日。電話にて。 小生の記録が、誰かの記憶と結びついた。 たった一文が、何かを照らすことがある。 書くとは、光を探すことではなく、光を残すことなのかもしれぬ。 小生、灯をひとつ、受け取った気がした。
