第二十六章 余韻『数日後の事務所、夕方の休憩時間』【明治葬儀社編-田代 連-】

第二十六章 余韻『数日後の事務所、夕方の休憩時間』【明治葬儀社編-田代 連-】
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その週の終わり、夕方の事務所に静けさが戻っていた。
 旅人がコピー機の前で紙詰まりと格闘していると、背後から田代がぽつりと声をかけた。

 

 「旅人さん……この前のこと、ありがとうございました」

 

 「うん? ああ、骨壺のことか。ええ感じやったで。ちゃんと“届けてる”感じやった」

 

 「……あの、実は……その、次の日、美月さんにも言われました」

 

 旅人は、少し目を細めた。

 

 「なんて?」

 

 「……“うまくいった?”って聞かれて、うまく言えなかったんですけど……
 “考えられへんくらい集中できたんやったら、それで十分や”って……」

 

 旅人は思わず笑った。

 

 「あの人、よう言うてる気するわ。よう見てるし、よう黙ってるしな」

 

 田代も、ちょっとだけ笑った。

 

 「あと、こうも言ってました。“人の最後の顔より、送った人の顔の方が残るんかもな”って」

 

 旅人はしばらく黙り、コピー機の横に寄りかかるようにして、窓の外を見た。

 

 「……ええ言葉やな。それ、きっと自分がよう見てるからやろな。
 ほんまに、大事にしてるんやと思うわ、送る人の表情」

 

 田代は静かにうなずいた。

 

 「……美月さんって、そういうの、ちゃんと感じてるんですね。言わんでも」

 

 旅人はふっと肩をすくめた。

 

 「うん。でも、そういう人って、たぶん、自分のこともずっと見られてるで。気ぃつけや」

 

 「……それは……ちょっと、緊張しますね」

 

 二人のあいだに、ふっと笑いがこぼれた。
 空はすでに薄曇りの夕色で、窓に射す光がじんわりと弱くなっていた。

その夜、旅人は黒革の手帳にこう記した。

1995年11月24日。事務所にて、田代との会話。
小生、コピー用紙と詰まった紙を取り出しながら、彼の口から聞いた。

「美月さんに言われました。“うまくいった?”って。
ぼく、“わかりません”って答えたけど……
“考えられへんくらい集中できたんなら、それで十分や”って」

小生、思わず笑う。
美月らしい。声は穏やかでも、芯を突く。

さらに田代はこう言った。
「“人の最後の顔より、送った人の顔の方が、心に残るんかもしれへん”って。
……僕、それ、たぶん忘れません」

小生、しばらく黙って外を見た。
まるでその言葉を、自分が言われたかのように胸に残った。

——思い返せば、父を送ったとき。
母の顔より、受付で立ち尽くしていた兄の背中をいまも思い出す。

“送った人の顔”。
それを見て、覚えて、忘れないようにすること。
それが、葬儀の仕事の“奥の方”にある役割かもしれぬ。

田代の記憶が、美月の言葉でかたちを持ったこと。
それが小生には、何よりの灯りだった。

風野旅人の回想|冬の斎場にて

忘れようと思ったことは、一度もない。
 けれど、それはいつも「忘れていたふりをしていた」だけだった。

 

 あの日、斎場の空気はひどく冷たかった。
 東京の冬は乾いていて、空も人も、どこか“手が届かないもの”のように感じられた。

 

 三歳の女の子が亡くなった葬儀だった。
 両親は別居していて、母親はどうしても現れなかった。
 喪主は若い父親ひとり。痩せぎすで、作業服の裾は乾ききらない泥に濡れていた。

 

 控え室で挨拶の言葉を尋ねたとき、その男は、何も言わずに首を振った。

 

 「何も……言うことなんか、ないです」
 そうぽつりと零した声だけが、斎場の白い壁に、やけにくっきりと響いた。

 

 出棺のとき、小さな棺を運ぶのを手伝った。
 父親はその横にずっと並んで立っていたが、顔を動かすことも、目を閉じることもなかった。

 

 まるで、“いま目を離したら、この子がどこかへ行ってしまう”とでも思っているかのように。
 その目は、燃え尽きたあともまだ明るさを持っている、奇妙な光を帯びていた。

 

 泣きはしなかった。
 けれど、誰よりも“別れ”を身体で抱え込んでいたように見えた。

 

 あの背中を、いまでも思い出す。
 無音のようでいて、すべてを語っている背中。

 

 ——自分がなりたかった姿。
 誰かの最後に、黙ってそこに立てる人間。

 

 いま、自分はほんの少しでも、そこに近づけているのだろうか。
 そんな問いが、冬の午後の風とともに、また胸の奥に差し込んでくる。

黒革の手帳・深層記憶の追記

……“送った人の顔”が心に残る。
田代がそう言い、美月がそう感じ、小生もまた、そう思った。

一件、思い出したことがある。

あれは、まだ明治葬儀社に入って数ヶ月の頃。
小生が離婚届を出した日の数日後。
三歳の女の子が亡くなった葬儀で、若い父親が喪主を務めていた。

冷たい空気の中で、小さな棺の前に立ち尽くしていたその男の顔。
泣いていたわけでも、怒っていたわけでもない。
ただ、“自分の半分が消えてしまった”ような目をしていた。

そのとき、ふと思った。
小生には、ああいう“誰かを守りきった顔”をしたことがあるだろうか、と。

家族を守ることもできず、ひとを送ることも怖がっていた小生にとって、
あの男の無言の背中は、どこか“答え合わせ”のように感じられた。

だからかもしれぬ。
いま誰かを見送るたび、小生はあの父親の顔を思い出す。

“見送る”とは、別れの作業ではなく、
“どこまで一緒にいられたか”を確かめる時間なのかもしれぬ。

それを、自分はようやく、他人の背中を通じて学んでいる。

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悠々自適なアラフィフライフを楽しむ"よこみ"との何気ない日々を綴るブログ。

こんにちは!私たちは、アラフィフの"Tabibito"と、パートナーの"よこみ"です。充実した人生を送りながら、穏やかな時間を共に過ごしています。

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・アイキャッチ画像は最近覚えた「whisk」でジブリ風に作成しています。

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