大阪の梅雨明けは、まだ遠い。湿気を含んだ重たい空気の中で、小さな事務所の壁時計が、まるでひとつひとつの秒を確認するかのように、ゆっくりと音を立てて刻んでいた。その音が、どこか心を重くさせる。視界に入る請求書の端が少しだけ折れていて、その白い紙がまるで一つの問題を象徴するように、僕をじっと見つめ返している。「兵庫県芦屋市までのご遺体搬送費:120,000円」。支払い期限から、もう三ヶ月が過ぎている。
事務所の机の上には、まだ処理されていない書類の山が広がり、使いかけのボールペンが無造作に転がっている。その中に埋もれているように、請求書が重く、そしてひっそりと横たわっている。小さな事務所の片隅、蛍光灯の光だけが薄くぼんやりと部屋を照らし、僕は椅子にもたれかかりながらその光を見つめていた。
「社長、村田さんからまだ連絡ありませんか?」隣の席に座る事務員の松田さんが、気まずそうに声をかけてくる。その言葉に、僕はようやく我に返った。
「……いやぁ、まだなんですよ」僕は、目の前の書類に視線を戻しながら、うわの空で答えた。
三ヶ月前のことを思い出す。あの日も夜から雨が降っていた。芦屋市の自宅まで遺体を搬送した夜、その依頼者は震えながら、言葉を選んでいた。「どうしても、芦屋に……」と言いながら、顔をうつむけ、涙をこらえるようにしていた。あの女性の目の奥には、言いようのない痛みが宿っていたのだろう。
搬送の帰り道。芦屋の並木道を静かに抜ける車内。助手席で揺れる白い骨壺。その白さが、夜の暗さにひっそりと浮かんでいる。運転席で僕は、無言で車を走らせていた。どこか遠くを見ていたが、気がつくとあの時も、やはり何も言わずに過ごしていた気がする。あの時、何か声をかけるべきだったのだろうか。しかし、今となっては、すでに遅い。
「どうしても、早く支払いの連絡がほしい」心の中で何度も呟きながらも、手はどうしてもその番号を押すことができない。あの女性の顔が浮かぶと、どうしてもためらいが生まれてしまう。「今、どうされているのだろう……」
その時、松田さんが黙って机の上に温かいコーヒーを置いてくれた。僕はその温かさを手のひらに感じながら、静かに口にした。
「社長、これ、飲んでください。」
「ありがとう」小さく苦笑いをする。その間にも、視線は未処理の請求書に引き寄せられている。それは、まるで僕に重くのしかかる存在のように感じられた。
午後の終わり。いつの間にか、机上の電話が静かに鳴った。「……村田です。」
受話器を取ると、向こうから震えるような声が聞こえてきた。「あの、……母の搬送してもらった件で……」
「はい、お待ちしていました」僕は深呼吸を一つしてから、静かに答える。もう、返事をするのは、怖くもなくなっていた。
その後、何度も手紙を出し、時折、家の近くまで足を運んだが、村田は一度も姿を現さなかった。半年が経過して、僕の事業もどんどん厳しくなってきた。売上は不安定で、すべてを自分一人でこなす日々。夜通し遺体搬送をして、昼間は事務に葬儀の仕事に追われ、何もかもがギリギリだった。
「回収ができなければ、この事業も終わりかなぁ」と、毎日のようにその思いが頭を巡る。その一方で、村田のことを気にかける自分がいた。
12月の寒い日。ようやく訪れることができた、村田の自宅。雪がちらつく中、僕はチャイムを鳴らした。ドアが少しだけ開き、顔を出した村田の姿を見た瞬間、その疲れきった顔に、思わず息を呑んだ。
「何度もすみません。お母様のご供養だけでも心安らかにしてあげてください」僕は、何度も頭を下げながら、言葉を続けた。
村田の目に、薄っすらと涙が浮かぶ。心の奥底から、堪えていたものがこぼれそうになっているのが、わかる。「……本当に、ごめんなさい。母が亡くなった日、何も考えられなくて。お金も無くて」
「辛い事情は、誰にでもあります。少しずつ分割でも構いませんから、どうかご供養だけは……」僕の声は、少しだけ震えていた。
村田はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと話し始めた。「少し、お話させてください」
涙を流しながら語る彼女の言葉に、僕はただ黙って耳を傾けた。母との思い出、会社が倒産して仕事がなくなったこと、家族に避けられて孤独になったこと。そして、ふと彼女の口から出た「母が亡くなった日から、私はずっとひとりでした」という言葉に、僕の胸は締め付けられるような感覚に包まれた。
次の月から、村田からは少しずつではあったが、確実にお金が振り込まれるようになった。そのたびに、僕は感謝のメールを送り、季節ごとに温かい挨拶を送った。
そして、ついに最後の返済が完了した日。村田から一通の手紙が届いた。手紙を開くと、そこにはこう書かれていた。
「“ご供養だけでも”と言ってくださり、心救われました。母もきっと安心していると思います。私も少しずつ前を向けそうです。」
その言葉を読んだ瞬間、僕は静かに思った。「少しずつでも元気になってくれれば。」と。
僕の事業は、創業から一年目。たった一件の集金が、僕の根を深くした。誠実さとあたたかな心で、人々に寄り添い、また新たな依頼者に向き合う勇気が生まれた。
