第二十一章『野田の手紙、始まりの現場』【明治葬儀社編】

第二十一章『野田の手紙、始まりの現場』【明治葬儀社編】
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ある日、創業メンバーの野田修造が旅人に封書を手渡す。それは、明治葬儀社が立ち上がった“最初の現場”について書かれた手紙だった。創業の記憶に触れながら、旅人は“始まりの魂”と向き合っていく――。

― 創業メンバー・野田修造との対話 ―

ある午後、旅人が社内の給湯室で湯を沸かしていると、背後から静かな声がした。

 「風野くん……ちょっと、時間あるかい?」

 振り返ると、そこには創業メンバーの野田修造が立っていた。
 整えられた白髪、作務衣のようなジャケット。
 誰よりもゆっくりと、しかし誰よりも“重さのある”歩みで近づいてきた。

 

 「君に、渡しておきたいものがあってな」

 野田が差し出したのは、濃紺の封筒だった。
 表に書かれていたのは、達筆な筆文字で――**「始まりの現場」**とだけ。

 

 応接室でふたりきり。
 旅人が封を切ると、中から便箋が一枚と、古びた白黒写真が出てきた。
 写真には、開店準備中の明治葬儀社の玄関前に立つ若き野田と鈴木明治の姿。

 

 便箋にはこう書かれていた。

昭和46年9月。
初めての葬儀は、三畳一間のアパートのひとり暮らし老人の火葬だった。
仏具もない。花もない。
あったのは、貸布団と、鈴木社長が自前で買った白菊だけ。
「これが、原点になる」と彼は言った。
その言葉の意味が、27年経ってようやくわかった。
“ない”ところに立つ覚悟。
“誰も来ない”場所でも、祈りのかたちを作る使命。
それが、わたしたちの仕事の“魂”だ。

 

 旅人は、その文面を何度も読み返した。
 「始まり」とは、常に“なにもなかった場所”からしか生まれない。
 そこに“人の手”が、光や意味を持たせてきた――

 

 「……あの日の白菊、今も覚えてる」

 野田が静かに呟いた。

 「水もつけず、包み紙もない花。けど、あれを棺にそっと置いたとき、
 “ここから始めよう”って、自分の中で音が鳴った気がした」

 

 「その音……今も鳴ってますか?」

 「……たまにな。現場の静けさの中で、思い出す」

 旅人はそっと写真を裏返した。
 そこには、ボールペンで小さく日付と場所が書かれていた。

 「1971年9月9日 台東区・今戸」

 

 「……これは、どなたが撮られたんですか?」

 旅人が訊ねると、野田は少しだけ微笑んだ。

 「葬儀が終わってな、片付け終わったあとに――
 近所の子どもが、親のカメラ借りて、“なんか始まる気がする”って撮ってくれてん。
 当時、近くの町工場の息子やったかな。フィルムくれて、そのまま忘れててな」

 

 「見返したのは……最近ですか?」

 「そう。明治さんが倒れてから、なんとなくな。
 押し入れの書類ケースに混じってて、ふっと出てきた。……驚いたよ。あのときの空気まで、戻ってきた」

 

 旅人は、写真の中にあるふたりの姿を見つめた。
 それは、“構えたポーズ”ではなく、まるで偶然切り取られたような一瞬だった。

 鈴木明治はまだ若く、スーツの袖をまくって花を抱えている。
 隣の野田はネクタイを緩め、何かを見上げるように笑っていた。
 背景には、古びた看板と、瓦屋根の民家が写っていた。

 

 「……写ってるのは“人”だけやないねんな」

 野田がぽつりと言った。

 「その日、その時間、その空気。…ようは“記憶の粒”みたいなもんや」

 

 「だから、写真は残した方がええ。記録やなくて、“記憶”を思い出せるからな」

 

 旅人は、その写真を封筒にそっと戻した。
 過去に触れるということは、ただ懐かしむのではない。
 “いま”の歩みに影を差す、静かな光を手に入れること――そんな気がした。

 ふたりの間に沈黙が落ちた。
 けれど、それは語り尽くしたあとの、深い共鳴の静けさだった。

 

 その夜、旅人は手帳を開いた。

1995年10月20日。社内応接室。
小生、野田修造から「始まりの現場」の手紙を受け取る。
葬儀の原点は、“誰もいない場所に意味を置く”こと。
白菊一輪が、二十七年後の灯りを生んだ。
“ない”ことを恐れず、“ある”ように振る舞うこと。
それが葬儀人の矜持なのかもしれぬ。

 

 その晩、旅人は一輪の花を机の上に置いた。
 明かりを落とした部屋で、花は黙って光を受けていた。

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悠々自適なアラフィフライフを楽しむ"よこみ"との何気ない日々を綴るブログ。

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