美月の発案で、社員数名と共に“灯籠流し”の慰霊行事を企画する旅人。形式に頼らない弔いのあり方と、葬儀社の一人ひとりの想いが静かに浮かび上がっていく――。
― 秋の終わりの川辺にて ―
風が冷たくなった。
それは冬の足音というより、秋が“帰っていく”気配だった。
日が暮れるのが早くなり、空の色が少しずつ淡くなる。
ある日の終業後、風野旅人は社屋裏にある物置の前で、美月と肩を並べていた。
「……これ、やりたいって言ったん、美月さんですか?」
「うん。正直、思いつきやけど……やってみたかってん。こういうの、あんまないやんか」
小さな段ボールには、折り紙で作った手のひらサイズの灯籠がいくつも入っていた。
どれも不揃いだが、それぞれに違う紙や色が使われていた。
旅人はひとつ手に取ってみた。そこには筆ペンで一言が書かれていた。
「ありがとうと、さようならのあいだに」
「誰が書いたんですか?」
「それ、川口茉莉さん。照れ屋やけど、こういうとこ真面目やねん」
夜七時。
明治葬儀社の有志数名と旅人、美月は、近くの川辺に集まった。
河川敷のベンチには、三好佳乃と田代蓮が手持ちの灯籠を並べている。
「ほんまにやるんですか……これ、町内会とかに怒られたりせえへんのかな」
「火は入れてへん。中に豆電球のキャンドル。川にも流さへん。置くだけ」
村瀬浩平がごそごそとカバンから自作の灯籠を取り出す。
「俺、これ、亡くなったおふくろのこと書いた。……初めてや、こんなん」
やがて、灯籠たちは川の縁に沿ってゆっくり並べられていった。
それぞれに、誰にも言わなかった祈りが書かれていた。
「すまんかった」
「もっと話したらよかった」
「元気ですか」
「あなたの背中が恋しいです」
誰も大きな声は出さなかった。
ただ、静かに風と川音のなかで、その“言葉たち”を浮かばせた。
旅人は、手帳の切れ端に書いていた灯籠をそっと地面に置いた。
そこにはたった一言――
「まだ、会いたいです」
美月が少しだけ旅人の手元を見て、何も言わずに頷いた。
「……ほんま、灯りってええな。言葉って、灯すもんやな」
「うん。あかんときは、消すこともできるしな」
ふたりの会話に誰かが笑い、また沈黙が戻った。
その夜、旅人はこう記した。
1995年10月14日。川辺。
小生、小さな灯籠流しに参加する。
人は誰でも、“忘れていない”ことを静かに確かめたい。
声に出さずとも、紙に書くだけで心が灯る。
明日を生きるための祈りは、派手じゃなくていい。
あの夜の灯りは、誰にも知られなくても、ちゃんとあたたかかった。
川の水は音もなく流れていた。
灯籠たちは流れず、けれど、そこに“止まる祈り”が確かにあった。