誰にも気づかれずに、居場所を知っているものがいる。 それは常連でも、看板でもない。 ただ静かに座り、空気にまぎれている。 そうした気配のなかにこそ、本当の“灯り”は潜んでいるのかもしれない。
ー 1995年7月30日 夜 / 谷中商店街・スナックゆり ー
その夜、「スナックゆり」の暖簾は、ほんのわずかに風をはらんで揺れていた。 赤い提灯の灯りが、ゆらゆらと蓮見荘の通りまで滲んでいる。
風野旅人は初めて、その暖簾をくぐった。
カウンター越しに立つのは、三十二歳の滝沢ゆり。 艶やかすぎない化粧に、丁寧に結い上げた黒髪。家庭的とも夜の街の人ともつかぬ佇まいで、 そのどちらでもあり、どちらでもない気配を持っていた。
小柄な身体を包むのは紺の割烹着。 その手が流れるように動き、旅人の前に湯気立つ味噌汁と、焼き魚と、冷奴が並べられていく。
「はい、おあがり」
その声は、不思議とあたたかい余白を持っていた。 無理に気を遣わせることも、馴れ馴れしさもなく、けれどどこか“迎え入れる人”の声音だった。
旅人は深く頭を下げ、「いただきます」と静かに呟く。 箸を持つ手が、ほんのわずか震えた。 それは、空腹でも緊張でもなく、──何かを許された気がしたからだった。
そのとき、有線放送のスピーカーから、ふいに流れ出したイントロ。 スピッツの『ロビンソン』。
ふいに、ゆりが手を止めてぽつりと言った。
「……あぁ、この歌、好きやねん」
その言葉は誰に向けたでもなく、ただ空間に放たれたもので、 けれど、それを受け取ったのは旅人だった。
ゆりは客たちに背を向け、カウンター奥の小鉢を整えながら、懐かしそうに目を細めていた。 誰もが少しずつ静かになっていく。
三毛猫の“たま”がカウンターの隅にひょいと飛び乗り、 しっぽをふんわりと揺らしていた。音楽に合わせるように、ゆっくりと。
この街の空気には、まだ“沈黙のあたたかさ”が生きていた。
【黒革の手帳】
七月三十日、夜。スナックゆり初訪問。 滝沢ゆりさん、静かで芯のある人。 三毛猫“たま”は、誰よりも早くカウンターにいて、何も語らずに、しかしこの場所の空気をつくっていた。 店の灯りも、料理も、客の佇まいも、声を荒げずに「ようこそ」と言ってくれる。 東京での“はじまり”が、ようやく少し、輪郭を持った気がする。
ラジオは『ジェットストリーム』を告げ、遠い地平線を語っていた。 神戸の夜と、東京の夜が、ふと繋がった気がした。
──小生
