第十九章『美月の涙、立ちすくむ日』【明治葬儀社編】

第十九章『美月の涙、立ちすくむ日』【明治葬儀社編】
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ある日、美月が旅人の前で涙をこぼす。いつも毅然としていた彼女が、初めて言葉にできない感情を溢れさせた日。旅人はその涙に“言葉ではなく、そばにいること”で応えようとする――。

― 心の揺れを見せた彼女と旅人 ―

その日、空は晴れていた。
 けれど、空気は妙に重たかった。
 暑さでも湿度でもない、“なにか”がゆっくりと降りてくるような朝だった。

 

 明治葬儀社の事務所。
 旅人は、前日行われた葬儀の報告書をまとめていた。
 静かなキーボードの音だけが部屋に響く。

 隣の席では、美月が顎を手に乗せて、資料をぼんやり見ていた。
 普段なら、淡々と指示を飛ばす彼女が、今日はひとつも言葉を発していなかった。

 

 「美月さん、大丈夫ですか?」

 問いかけると、一拍おいて、美月は小さく頷いた。
 けれど、目の奥に何かがにじんでいるのがわかった。

 「……ちょっと、外、出よか」

 旅人の一言に、美月は頷き、ふたりは社屋裏の小さな縁側に出た。

 

 秋の陽射しが落ちていた。
 木々の間から風が吹き抜ける。
 ふたりは無言のまま、縁側に腰を下ろした。

 

 しばらくして、美月がぽつりと言った。

 「今日、遺族の方に言われてん。“あなたたちの仕事は、死ばっかり見て、よう平気やね”って」

 

 旅人は何も返さなかった。
 ただ、風の音を聞きながら、美月の言葉の続きを待った。

 

 「……わたし、ずっと“平気なふり”してたんやろな。仕事やから。跡継ぎやから。
 でも、ほんまは、なんでこんなに人がいなくなるんか、わからんくなるときがある」

 

 その言葉の直後だった。
 美月の肩が、小さく震えた。
 目元を隠すように顔を伏せ、音もなく涙がこぼれた。

 

 旅人は、それを見て、なにも言えなかった。
 言っていい言葉が、なかった。
 ただ、美月のすぐ隣に腰をかけ、目線を合わせることすらせず、同じ方向を見た。

 

 「……わたし、泣いたらあかんって思ってた。
 立場あるし、感情見せたら“弱い”って思われるやんか」

 

 「……弱さって、見せたときに、ちゃんと残るんやと思います。
 それ、ええことやと思います」

 

 旅人のその声に、美月はゆっくり顔を上げた。
 涙の跡が残っていたが、どこか、ほんの少し表情がほどけていた。

 

 その後、ふたりは数分だけ、ただ風の音を聞いていた。
 会話もなく、沈黙もまた“対話”だった。

 

 事務所に戻る前、美月は小さく呟いた。

 「……ありがとう。なんも言わんといてくれて、助かったわ」

 

 旅人は頷くだけだった。

 

 その夜、手帳にはこう綴られた。

1995年10月3日。
小生、美月の涙を見る。
人は、壊れずに立つために、時に崩れる必要がある。
弱さを“守る”のではなく、ただ“そばにいる”こと。
言葉がない時間が、感情の居場所になる。
風が吹く縁側に、沈黙という強さがあった。

 

 その夜の風は、ほんのすこし、やさしかった。

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悠々自適なアラフィフライフを楽しむ"よこみ"との何気ない日々を綴るブログ。

こんにちは!私たちは、アラフィフの"Tabibito"と、パートナーの"よこみ"です。充実した人生を送りながら、穏やかな時間を共に過ごしています。

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