第二節:たわいもない会話【プロローグ】

たわいもない会話
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日常の中で交わされる何気ない言葉──それは、あとになってから、深く心に残る。 午前八時、いつものように階段を駆け上がってきた宮田の姿を見たとき、旅人はふとそんなことを思った。

誰かと何気なく言葉を交わすことが、“日常”を実感させてくれる。だからこそ、その日常が終わるときには、どんな些細なやりとりも、胸に焼きついてしまうのかもしれない。

ー変わらないやりとりの温度ー

階段の奥から軽快な足音が近づいてくる。スニーカーのソールが鉄骨を打つ、規則正しくも少し力の抜けた音。それが、宮田信一郎(25)の到着を告げる合図だった。

「おーい、おはよう旅人。……って、また掃除してたのかよ?」

ネクタイをゆるく巻き、右耳にはシルバーのイヤホン。TRFの『Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜』が、音漏れ寸前のボリュームで流れている。宮田の朝の定番だった。

「癖なんです。やってると落ち着くんで」

旅人は、机の角を拭き終えた雑巾を丁寧にたたみながら答える。

「いやぁ、律儀だなあ。ここまで来ると尊敬するわ」

そう言いながら宮田は、缶コーヒーを片手に自席へ向かう。コンビニの白いビニール袋から、紙パックのサンドイッチとポテトサラダが顔をのぞかせていた。

「送別会、明日だよな。どうする? どこか予約しといた方がいい?」

「……あまり大げさにはしないでください。僕なんて、地味なもんですから」

「出た、旅人の“どうぞお気遣いなく”モード」

宮田は小さく笑いながら、コーヒーのプルタブを開けた。

「でもな、やっぱ寂しいんだよ、ちょっとだけ」

「“ちょっとだけ”なんですね」

「おう。すげぇちょっとだけな」

ふたりは笑った。静かに、ささやかに──けれど、それは確かに“別れの匂い”を帯びた笑いだった。

「東京、行くんだったよな。谷中ってとこだっけ?」

「はい。台東区と文京区の境目あたりです。昭和の雰囲気が残ってるって聞きました」

「へぇ……で、葬儀社?」

「明治葬儀社、というところに」

その名を聞いた宮田は、少し真顔になる。

「なんか、旅人っぽいな。派手じゃないけど、ちゃんとしてるところ」

「ありがとうございます」

「でも葬儀社って、やっぱ大変だろ? こっちと違って、毎日が“最期”だもんな」

旅人はしばらく黙り、窓の外を見た。ビルの向こう側には、まだ仮設足場が組まれたままの建物があった。ブルーシートが風にめくれ、かすかに音を立てていた。

「……震災のとき、何もできなかった自分が、ずっと残ってて」

「うん」

「誰かの“最後”に関わることで、せめて、ちゃんと終われる人が増えればいいなって思ったんです」

「そっか……」

宮田は頷き、缶コーヒーを持ち直した。

「けどな、旅人がいなくなるのは、やっぱ寂しいよ」

「……宮田くんが、そう言ってくれるとは思いませんでした」

「おい、どんな評価だよそれ」

「いや、なんか、軽くてあったかい言葉を選んでくれる人だなと思ってたから」

「おー……それ、褒めてんのか?」

「もちろん、です」

宮田はちょっとだけ照れたように笑い、残りのサンドイッチに手を伸ばした。

「夜行バス、何時?」

「三宮駅前、23時45分発です」

「じゃあ、駅まで送ってやるか。俺、暇だから」

「いえ、そこまでは──」

「いいの。見送らせろ。先に行くヤツの背中って、けっこう見ておきたいもんなんだよ」

旅人は何も言わなかった。ただ、静かに頷いた。

その沈黙の中に、言葉よりも濃い感謝の色がにじんでいた。

そしてまた、ふたりの間には、なんでもない話が流れ始めた。

テレビ番組の話。新しくできたラーメン屋の話。上司の口癖のモノマネ。

──そのどれもが、今日限りになる。

けれど、だからこそ、何気ないこの朝が特別に感じられた。

旅人はそっと、ペン立ての中に目をやった。毎朝整えてきたボールペンの列。その整然と並ぶ姿が、なぜか少し、愛おしかった。

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この記事を書いた人

悠々自適なアラフィフライフを楽しむ"よこみ"との何気ない日々を綴るブログ。

こんにちは!私たちは、アラフィフの"Tabibito"と、パートナーの"よこみ"です。充実した人生を送りながら、穏やかな時間を共に過ごしています。

私たちの暮らしは、忙しかった多忙な日々から離れ、自然や趣味を大切にするシンプルなものに変わりました。朝はゆっくりとコーヒーを楽しみ、晴れた日には散歩やハイキングで新しい発見を求め、夜は美味しい料理を共に作り、穏やかな会話を楽しむ。そんな日常が私たちの幸せです。

"よこみ"とは、お互いの個性や趣味を尊重し合いながら、楽しい時間を創り出す特別な存在です。週末には映画鑑賞や読書、時には旅行にも出かけ、人生の新しい思い出を積み重ねています。

私たちの目標は、健康で豊かな生活を送りながら、心地よい環境を整えていくこと。これからも、素敵な時間と場所を探し続け、一緒に成長していきたいと思っています。

そんな私たちの悠々自適な日常を、ぜひ覗いてみてください。あなたも一緒に、素敵なライフを楽しんでみませんか?

・アイキャッチ画像は最近覚えた「whisk」でジブリ風に作成しています。

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